Copyright © 八乙女コンサルタンツ 「八乙女珠輝」 All Rights Reserved.

陰陽ロゴ150
陰陽ロゴ150

言霊師

八乙女 珠輝

Tamaki Yaotome

陰陽言霊師八乙女を知って頂くために
私が此の稀な仕事を担うことになった
不思議な導きについてお話し致します

道を知るために乗り越えた試練
〜クンダリニーの上昇と覚醒〜

 私は幼い頃から内的光を観ることができました。しかし、それは自分にとっては生まれつきの能力であり、特に気にもしていなかったのです。

 大学を卒業後、就職氷河期の難関を潜り抜けて株式会社船井総合研究所に入社しました。希望する会社に入社したものの、2年目にして母が子宮ガンを発症して入院することとなりました。その時、すでに父は脳梗塞を患い、半身が不自由となっておりましたので、私はやむなく退社することにしました。当時、父は建設会社、母は縫製業を営んでおり、両会社共に経営は逼迫しておりました。必然的に、両親が経営していた会社を私が立て直すことになりました。そうしなければ、家族が崩壊することは目に見えていたからです。

 そこで、私は今までの経営方針を刷新して、縫製工場に大量に積み上げられていた生地を使用してオーダーメードの洋服を提供するなどして売り上げを5〜10倍に増やし、急場を凌ぎました。それでも世間では銀行の再編・統合が進んでいたことなどから、一括で借金返済を迫られることもありました。思い切って工場のミシンや裁断機を海外に売り、父の経営していた建設会社を使ってその地に建売住宅を建て、売却することで一億弱ほどあった借金をわずか2年で完済することができました。

 母の容態も回復し、ガンの再発もない状態であることを確信すると、今度は自分の心身の限界を感じ始めました。その頃から、私は何のために生きているのだろうかと繰り返し考えるようになっていました。すると、体が硬直し、手足が痺れ、過呼吸の症状が表れ始めました。病院で検査すると、甲状腺機能亢進症と診断されたのです。同時に、突然襲ってくる体の硬直と過呼吸による発作への恐怖から、通常の社会生活が困難となるパニック障害を併発するようになりました。このままでは自分を見失ってしまうと感じ、両親の会社を辞め、自分の人生を見直すことに専念しました。

 ただ、心身の養生だけでは有り余る時間がありましたので、この機会を利用して国家資格を取得しようと考え、司法試験にチャレンジすることにしました。しかし、パニック障害の影響で、模擬試験の最中は一定時間鉛筆を持つ手が緊張し、体が硬直してしまうため、結局、自分の心身の回復を優先させ、見直さざるを得なくなりました。そこで、私はまず意識的にリラックスすることを体得しようと、ゆっくりと深い呼吸をすることから始めました。様々なメソッドがある中でも、自律訓練法というリラックス法を試してみました。すると、手足の緊張が解放されていくだけでなく、目を閉じると瞼の裏に様々な光が見え始めました。その光の美しさを観るために、毎日自律訓練法を行いました。もちろん、その光は生まれつき目を閉じると観えていた内光なのですが、改めて見直すとその内光の美しさに魅了されました。

クンダリーニ上昇イメージ_sp

 呼吸法にも慣れ、自分なりの瞑想法を体得して数年経つと、自分の頭頂部にとても美しい何千という花弁を持つ紫色の華が咲き乱れる様を感得しました。その紫色の華が咲く様子に見とれていると、自分の体の異変に気がつきました。とてつもない螺旋のエネルギーが体の内部を上下に動き始めたのです。私は何かの予感を感じ、その日は念入りに呼吸法を実践しました。すると、会陰から螺旋のエネルギーがゆっくりと背骨に沿って上昇し、そして頚椎の辺りで一度そのエネルギーが止まりました。しかしさらに呼吸法を続け、頭蓋骨まで達したのですが、また頭頂部にエネルギーが溜まり始め、頭がエネルギーでいっぱいになって爆発するのではないかと思われるくらいに感じられました。このままでは大変なことになるかもしれないと感じた私は、息を止めて頭頂部に意識を集中しました。すると、頭頂部から大量のエネルギーが噴水のように噴出したように感じられました。そして何かがパサっと床に落ちる音がしたのです。それが何であるのかはわかりませんでしたが、自分を覆っていた幕のようなものが破れて床に落ちたような音でした。

 その瞬間は不思議な体験ではありましたが、何が起こったのか分からず、ただ呆然としていました。しかしすぐに立ち上がって、普段のように振る舞っていました。ところが数時間後、猛烈な頭痛に見舞われました。その頭痛は今までに味わったことのない激痛であり、頭蓋骨を内部からトンカチで叩かれるような痛みでした。その痛みは一晩中続き、発狂して絶命するのではないかというほどの痛みを味わいましたが、朝方になるとその激痛は消えました。まるでその激痛が幻であったかのように消え去ったのですが、それでもあれだけの痛みだったので、何かの異常かもしれないと思い、その日の午前中に脳神経外科のある病院に赴いて精密な検査を受けました。検査の結果は脳に異常はなく、むしろ良好な状態であることが判明しました。

肉髻イメージ図
肉髻イメージ

 脳に異常がないとすれば一体あの激痛は何だったのか。私は思わず、自分の頭蓋骨を手で触ってみました。すると、以前の自分の頭の形とは明らかに変わっていました。頭頂部が一段高く盛り上がり、頭が二段になっていたのです。その頭の形は如来の肉髻にそっくりでした。もちろん、頭頂部の盛り上がりは髪で隠れ実際に手で触れないとわからない程の隆起ではありましたが、頭蓋骨が一夜にして変容したことに驚きを隠せませんでした。その後、その神秘体験について調べてみると、その体験はクンダリニーの上昇による覚醒であるということを知りました。

 その日以来、私は瞑想すると未来のヴィジョンを感得し、神仏からのメッセージを受け取り、さらには、別次元へ移動することができる肉体の自分とは異なる別の自分の意識体の存在を知ることとなったのです。

【肉髻(にくけい):如来の三十二相の一つであり、頭頂部に隆起した髻(もとどり)のような形の肉塊】

避けられない宿命の始まり
〜妙見菩薩の導きと霊符との出逢い〜

 クンダリニーの上昇により私の周囲に張り巡らされていたヴェールのようなものが剥がれ落ちたことで私の潜在能力が開いたのか、自分の中に自分の意識とは異なる存在が臨在していることに気がつきました。自分と重なっているので、自分の体を見るようにしか観えないのですが、その存在は大亀に騎乗していました。大亀に乗る存在に心当たりはなかったのですが、京都のある古本屋でたまたま見つけたエドガー・エンデの画集の中に、「亀に乗った婦人 1933年」という絵を発見しました。

エドガーエンデ
「亀に乗った婦人 1933年」
エドガー・エンデ作

 もしかすると大亀に乗った存在は、多くの人の心の中に住んでいるのかもしれません。さらに調べていくと、亀に乗る存在は妙見菩薩とされ、大亀は四神の中の北方を守護する玄武(蛇と亀の合体した聖獣)と呼ばれる聖獣でありました。

妙見菩薩像イメージ図
妙見菩薩像

 妙見菩薩は仏教では天部の菩薩と位置付けられていますが、道教・陰陽道では、北極星の化身とされており、天皇大帝と見なされ、尊星王とも呼ばれています。神道では、天之御中主神とされ、造化三神の主なる神とされていました。

 瞑想することで、私はこの妙見菩薩と一体化し、妙見菩薩の意識にアクセスすることができました。妙見菩薩の姿で霊界を自由に旅することができます。するとある日、眼前に文字のような図形が表れました。それが一体何であるのかを調べていると、その文字のような図形は陰陽道に伝わる霊符であることがわかりました。妙見菩薩は別名、鎮宅霊符神とも呼ばれています。そこで、霊符をさらに調べると、北辰霊符について詳しく書かれた書籍を発見しました。霊符に詳しい方に直接話を聞いてみようと、その書籍の裏表紙に書かれていた連絡先に連絡してみることにしました。電話をすると、著者のご子息であるSさんが出られて、私が話を始める前に早口でこうおっしゃいました。

 「こちらから出向きますので、お会いできませんか。詳しいことはその時にお話しします」 私は霊符の詳細を電話で伺いたいだけだったですが、その方は埼玉にお住いであり、わざわざ話をするのに京都までいらっしゃるというのは何か深い事情があるのだろうと感じ取り、その申し出を快諾しました。

 数日後、Sさんに実際にお会いしてみると、話の内容は私の予想を遥かに超えていました。霊符を謹製されていたのはSさんのお母様であり、そのお母様が癌を患っておられるということでした。そして、その状態をある霊能者に鑑定してもらったところ、次にように告げられたというのです。

 「貴方は多くの人のカルマを背負ってしまった。今から半年後に電話をしてくる人に、所有している仏像の全部と霊符の一切を譲り渡さなければ命はないでしょう」

Sさんはその霊能者の言葉を受けて電話がかかってくるのを待っていたところ、ちょうど半年後に電話をかけてきたのが私だったということでした。そのような不思議なことがこの世にあるのでしょうか。私はにわかには信じられませんでした。驚く私をよそに、Sさんは続けてこうおっしゃいました。
 「私の母は様々な方のカルマを受けて今瀕死の状態です。私自身も命の危険を感じることがあります。突然のことで大変申し訳ないのですが、霊符の書き方などは教えますから、霊符の一切と私共の所有する仏像を受け取って頂けないでしょうか。お願い致します」

 その時の私は狐につままれたような気持ちでした。これは何かの詐欺ではないかと一瞬は考えました。しかし鎮宅霊符神が宿る私にとって、これは何かの天啓であり宿命なのではないかと感じました。その上、それらを受け取ることが誰かの命を助けることになるのなら、この宿命を信じて受け入れてみようと思いました。その場で私は承諾し、全ての仏像と霊符の資料を受け取ることにしました。

霊符イメージ図
二十八宿曜霊符

 ところが驚いたことに、数日後に引っ越し便で送られてきた仏像の数は50体を超えていました。霊符の資料も資料だけではなく、2メートルを超える霊符の額縁などが数十点ありました。自宅にそれら全て収納することはできず、私は両親にそれらの置き場所を相談致しました。すると、私が事業転換してオーダーメイドの洋服などを販売していた店舗の二階に急に空きが出たということで、そのテナントを借りることになりました。そのテナントを元々借りていた方は父の知り合いで、数週間前に急にテナントを出て行くと言い始めたそうです。父は家賃はいらないのでいてくれればいいと告げたそうですが、それでも出て行くとおっしゃったそうです。何があったのかはわかりません。

 都合よくテナントが空いたので、私はかつて自分が借金を返済した会社の所有する店舗の二階を借りることができました。自分のしたことはいずれ自分に返ってくるというのはこのような場合を言うのかもしれません。そして、せっかくこのような場所ができたのだから、何か自分にできることはないかと考え、生まれながらに有している密教や陰陽道の智慧や技を活かして、その場所でカウンセリングや占いの事務所として開業することにしました。特に、それを志していたわけではありませんが、霊符と仏像を置くための場所ができたのでその場所を活用せざるを得なくなったのです。

仏像
仏像

 そして、事務所の改装工事をし、仏像や霊符を飾り付けている最中に、「ここは何の事務所ですか」と最初のお客様が訪れたのでした。

 このようなことがあって私は今の仕事に就いております。それは明らかに妙見菩薩の導きであり、私の人生にとって逃れられない運命であったと今でも感じています。

陰陽言霊師という肩書き
〜明星天子(妙見菩薩)と雨宝童子(大日如来)の調和〜

 よく知られた陰陽師は、奈良・平安時代の律令制下において陰陽寮に属した官職の一つであり、陰陽五行思想に基づいた知識や技能を有する者のことを言います。もちろん、このような官職は現代において存在しておりませんし、私の肩書きはこの官職とは直接の関係はありません。しかし、古代に必要とされた人材は現代においても必要とされるはずです。なぜなら陰陽は宇宙エネルギーの根本であり、それはいかに時代が変わろうとも不変的な原理だからです。

 陰陽は相反するエネルギーでありながら、密接に結びついており、決して離れることはありません。人生に起こる様々な出来事も全ては陰陽の作用によって生じます。好き嫌い、快不快、男女、優劣など、それらは相反するエネルギーを有しておりますが、実は切り離せないものであり、同質のものとも言えます。例えば、好きな人と嫌いな人は全く異なるタイプの人であるはずなのに、好きな人のことを考えるのと同じくらい嫌いな人のことを考えていたりします。また胸が高鳴ったり、自分らしくいられないという反応も似通っていたりします。このように相反するものは、相反しながらも同質であるという真理を理解し、あらゆる事象を読み取って、現実の生活に応用していくことが陰陽師の本来のあり方ではないかと思っています。

 また原理に基づいて得た智慧を内在神の意思に沿って発していくならば、それは言霊となり、現実世界へ効力を及ぼします。現実世界においては、相反するエネルギーは分離しているように思えますが、陰陽の真理を理解する者が発した言霊は、分離状態を再び結び合わせ統合へと導くことができます。

 あらゆるこの世の問題はエネルギーの干渉と分離によって起こります。宇宙的原理を理解して、分離状態から統合へと言霊によって導く陰陽言霊師という役割が、私の普段の仕事に最も近いのではないかと感じております。

雨宝童子明星天子イメージ
明星天子像及び雨宝童子像

 また、私のハートには生まれながらに妙見菩薩が内在しておりましたが、長年に渡る修行の成果として、私の頭頂部に天より雨宝童子が降臨致しました。伊勢朝熊岳金剛證寺の本尊は虚空蔵菩薩でありますが、脇侍として明星天子(密教では妙見菩薩、神道では豊受大神)と雨宝童子(密教では大日如来、神道では天照大神)が祀られています。明星天子は宇宙の中心でありながら夜に輝く星神であり、雨宝童子は天照大神の化身でありながら昼に輝く太陽神として、両者は陰陽の関係にあります。虚空蔵菩薩は心を空にすることで、その人の心中に明星天子と雨宝童子という陰陽の神が宿るということを示しております。私の心中にはこの二童子が宿り、常に陰陽のバランスをとりながら陰陽太一神として私を導いております。その陰陽太一の神の言霊を発することが私の役目と確信し、陰陽言霊師という肩書を称しております。

古代の巫女 八女津姫からの伝言
〜授けられた使命を氏名とする〜

 私が八乙女を名乗るようになったのには深い理由があります。私は幼少の頃から瞑想をすると神仏を感得することができるのですが、ある日、巫女のような姿の女性が現れました。その巫女は何度も現れ、ついに夢にも現れました。

 その女性は古代日本の八女という巫女集団をまとめていた巫女らしく、その姿は卑弥呼のようでしたが、夢に現れたのは卑弥呼の後継者とされた巫女のようでした。彼女は、本来巫女は言霊歌によって宇宙と人を繋げ、人々の心身の調和を助ける役目であったということを教えてくれました。そのような大切な巫女の役目ですが、彼女が生きていた時代には後継者を見つけ出すことができず、八女の伝統は失われてしまったということを私に伝えました。

 そして、ある洞窟のような巨大な岩の前で歌を歌った者の中から新しい後継者を定め、現代に八女を復活させたいという旨を告げられたのです。それはまるで天界における巫女のオーディションのようでした。私はその夢をお告げだと確信し、八女の伝説と洞窟のような巨大な岩について調べ始めました。すると、日本の各地に八乙女伝説が存在していることを知りました。さらに、福岡県の八女という地域には八女津姫神社という神社があり、そこには「神の窟」という洞窟のような岩が確かに存在するということが判明したのです。

八女津姫神社
八女津姫神社

 私は早速その八女津姫神社に向かいました。場所は人里離れた山の中です。荘厳な神社の雰囲気に圧倒されていると、社殿の前に巫女の像が佇んでいました。その巫女の像に向かって窟の舞台に立ち、私は何かを歌わねばならないと思いました。しかし何を歌えばいいのかわからず、その時ふと浮かんだのが日本の国家である「君が代」でした。私は上手に歌おうと努力したのですが、意図せず涙が溢れ出し、私は君が代を最後まで歌い切ることができませんでした。夢のお告げを信じて福岡までやって参りましたが、このような下手な歌では巫女のオーディションに落ちてしまったに違いないと思い、私はその場を去りました。

八乙女神社
巫女の像

 それから数ヶ月して、私はアメリカのシャスタ山に導かれることがありました。そこでアメリカ人のチャネラーの方にセッションを頼んだところ、彼女は突然私に「あなたの故郷は九州ですか?」と尋ねました。私の故郷は京都なので「いいえ」と答えました。その時、私は平静を装ってはいましたが、外国の方に「九州」と言われたことに少し戸惑ってはいたのです。すると彼女はさらにこう答えました。「あなたは未来にハートソングを歌うことになります。そのように決まったと日本の古代の女性があなたに伝えています。そして九州の人たちがあなたを応援しています」その時、私は八女津姫神社で受けた巫女オーディションに合格したことを知ったのです。

 しかし私はにわかには信じることができず、そのセッションの後、シャスタ山の公園でぼんやりと佇んでいました。すると、どこからともなく古い太鼓を持った独特の衣装のアメリカ人の男性が近寄ってきて、私に一定のリズムで太鼓を叩きながらこう言いました。
「あなたの歌を聴きたい。あなたの声を聴かせて欲しい」 私は驚きました。人前で歌ったことなどなかったからです。まるで夢のようだと思っていたことが、その一瞬の体験で夢ではないのだと確信しました。

 日本へ帰ってからは、私の頭の中で特定のメロディとフレーズが聴こえるようになりました。そのメロディーは般若心経のメロディであったり、祝詞のメロディーであったりしました。そしてそのメロディーとフレーズを何とかして曲にしようと創意工夫し、浮かんだメロディーとフレーズを数年かけて曲にすることができました。そして、製作した曲に自分の声をのせた時、普段の声と全く異なる響きとなることに自分でも驚きました。私の声が私の声ではないのです!その現象はまさに神霊の依り代となる巫女の言霊歌そのものでした。

 私はその時から自分の姓を八乙女とすることにしました。それはあの夢に現れた古代の巫女の伝統と意志を受け継ぎ、現代の日本に八女を復活させ、その役目を全うするためです。そして名を珠輝に致しました。それは八女の言霊歌を通じて、多くの人の魂を輝かせる活動がしたいという志からです。「八乙女珠輝」という名は、私が天から授かった地上で の役目を表し、そのことを決して忘れないためにつけたものなのです。

人の生命と可能性を最大限に活かす学び舎の創造
〜内在神一体の真人を育成する〜

さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来てイエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」イエスはお答えになった。「『人は、パンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」
 マタイによる福音書第4章 第1-4節

 以上は聖書の記述ですが、「人はパンだけで生きるものではない」という言葉は有名です。しかし次に続く「人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」という文言はあまり知られていません。言葉は言霊と言われ、日本においても言葉には霊力が含まれていると考えられています。では、人が発する全ての言葉に霊力があるのでしょうか。

 言葉はその人の心と繋がっています。その人の発する言葉がその人自身と言えます。しかし表面的な思考は、外界の価値判断、他者との比較意識、個人的体験に限られた知識などに縛られています。そのような思考を元に発せられた言葉に霊力が宿っているとしたら、それは自分の人生を縛る言葉となってしまいます。果たして、人は自分を本当に幸せにする言葉を日頃から発しているのでしょうか。

 古代の巫女はその身に太陽神を宿して、その詔(みことのり)を内外に向けて発しておりました。その言霊はあらゆる人の幸福に結びつく言葉であったからこそ言霊として霊力を有していたのでしょう。巫女の言葉は神仏と一体となっているからこそ言霊であったのだと思います。

 私の中に妙見菩薩が宿っていることに気づいた時から、瞑想によって内在神と対話し、内在神に従って生きる道を選びました。その道は世間のどこにもない道であり、自分が想像するよりも遥かに有意義な体験をもたらし、多くの素晴らしい出会いがあり、個人の能力を超えた創造を実現しました。それは私にとって「神の口から出る一つ一つの言葉で生かされていた」と実感する道だったのです。自分の判断だけでは、おそらくこのような人智を超えた体験は不可能であっただろうと思います。

 私はこのような体験を通して、内在神と繋がって内在神と共に生き、内在神と共同創造するための具体的方法(実践的メソッド)を知っています。その真理を多くの人に伝えていくことが私の使命であると確信しております。

 人は神に似せて創造されたとありますが、人には生物学的進化を超えた能力が与えられています。人は生物学的に生きるだけでなく、内在神と共に生きる神の子としての潜在能力があります。その能力にアクセスし、点火するには潜在意識とつながる瞑想法や基本的真理を身につける必要があります。

 古代人が我々現代人のために残してくれた深遠なる智慧を紐解き、神話、哲学、思想、心理学、あらゆる宗教、養生法などの教えから人としての生き方を学びつつ、瞑想によって心身の健全を求め、自然の理を体得し、内在神一体の境地を個人個人が習得することを目指したいと思っております。

 令和元年から始動する八乙女コンサルタンツは、人の生命と可能性を最大に生かすための方法を余すことなく伝え、内在神一体の真人を育成するために尽力致します。あなたにはその能力があります。なぜならこのホームページに辿りついたそのご縁は、あなたの内在神の導きによるからなのです。

サイン
八乙女珠輝

一般社団法人 八乙女コンサルタンツ
八乙女 珠輝
一般社団法人八乙女コンサルタンツの代表理事として、定期的に自己観察を促す講演会や瞑想会を開催しております。 また、言霊コンサート、京都ミステリーツアー、怪談・奇譚語り「開けてはならない魔境の扉」など、真理探究をエンターテイメントとして楽しんで頂くための活動も行なっております。

サイン